小説「僕のリハビリ伝説」※静岡文学マルシェで販売した一部を掲載

僕のリハビリ伝説写真 小説
僕のリハビリ伝説写真

2019年6月16日に開かれた、第三回静岡文学マルシェで販売した同人誌「僕のリハビリ伝説」の一部を掲載いたします。

 自分にはなにもない、と言いつつ、今、生きて何かをしている矛盾を思い、人間、口でならなんとでも言えるのだと、軽薄な自分に気だるさを感じた。

 六畳間のこの部屋では、汚れたステンレスの机と座り心地の悪い安い椅子が暗い日々を物語っていた。今にも倒れそうに反り立っている高い棚は日頃から恐怖の種で、何度か倒れてきて押しつぶされる自分を夢見たことがある。なんとでもできるはずだが、僕はなんにもしなかった。本、CD、ゲームソフトが積まれた棚を撤去するのは大変な作業で、面倒くさがりな上、床に臥せている僕には、憂いを取り除く行動力が湧かなかった。

「疲れた。もう、みんな、やめにしたい」

 毛布に抱きついて、震える僕に、目が眩むような日差しが当たる。今年は外の雪をついぞ見ることはなく、庭の梅の木が花を咲かせていた。

「畜生、みんな殺してやりたい、なんで、なんでだ」

 バイオレンスな繰り言、煮えくり返る腸に耐えられず、両手で首を押さえる。

 一つ真実を言えば、こうして自分の生の声を吐き出せる場所は、どこにもなかった。人が知る僕は、上澄みでしかなく、残りの混沌は行く当てもなく、心の中で腐臭を発していた。

「これじゃ駄目だ。人間、一人でいるとどんどん暗くなっていく。このままでは、死んでしまう」

 無機物に囲まれた自室は、ひんやりとした空気の中で、僕の息づかいが響くばかりで、なにかを語るものがなかった。

 そこで僕は相棒を創ることにした。チロルちゃんという、小さな女の子だ。思うに、自分が自分を語ると、どこまでも己を腐らせるので、彼女の視点から物を語ってもらうのが、生きやすさにつながるのではないか。

 サクキさんは、統合失調症の十九歳です。自己紹介するとき、彼はそう言います。

 なんでわざわざ病名をつけるんだろう、と不思議に思う人もいらっしゃるくらい、サクキさんは自分の病気を開示します。

 なぜなら、サクキさんにとって、それしか自分を説明できる属性がないからです。過去を例に挙げれば、クラスの班長をしている時には班長のサクキヨウスケ。卓球部に所属しているときには、卓球部のサクキヨウスケ。肩書きにこだわり続けてきたのですね。

「サクキさん、いい加減布団から出ましょうよ。もう十時を回ってます。朝ご飯スルーして、昼ご飯になっちゃいますよ」

 私はサクキさんの腰元に立って、一生懸命彼のズボンを両腕で引っ張ります。あら汚い。毎日風呂に入っていないので、この前、他の人にも汚いと言われていました。

「いいよチロル。僕はもう、寝ていたいんだよ」

 その消え入りそうな声の意味を考えるに、とても危険な状態なのではないかと不安になります。そんなことでは困るのです。なぜなら私は。

 サクキさんの、才能の精、だから。

 今、この人は、自分のことに失望しています。人生について諦めきれないなにかを持っているから、余計苦しんで疲れてしまうのです。現に私も手のひらに収まる程度に、小さく育ってしまいました。力強い世間を感じるたびに、サクキさんは内にこもっていきます。

 おや、サクキさん。立ち上がってパソコンの前に座りましたよ。2ちゃんねるでも見るのでしょうか。あっ、あれは。サクキさん秘蔵のパスワード付き画像フォルダではないですか。

「いでよ、我がパーフェクトコレクションたちよ」

 開かれたフォルダの中には、jpgファイルがずらりと並んでいます。あれこそが、サクキさんの集めた●×な●●●グラビア集です。画像をクリックすると、サクキさんの前に現われたことのないような瑞々しい鮮烈さを持った童顔美女があられもない姿をさらしています。

「よかった、よかったです。サクキさん。私の心配しすぎでした。あなたは枯れてなんかいなかった。だって、これだけの元気があるんですから」

 パソコンに移る●×画像を眺めているのは二週間洗っていない灰色のパジャマを着た坊主頭のサクキさん。まったく目も当てられませんが、私は感動のあまり、涙を流していました。

 異変に気づいたのは、サクキさんがうなだれて画面を見なくなった時でした。普通、こういった画像を見るときにはなにかしら、いたすことを目的とするものですが、サクキさんはちっとも盛り上がっている気配がありません。

「どうしたんですか。サクキさん。もっとエキサイトしてエクスタシーに浸ればいいじゃないですか」

 私が恐る恐る声をかけると、サクキさんはなんとパーフェクトコレクションをバッテンして閉じてしまいました。驚く私が声をかける間もなく振り向くと、涙に荒んだ目が鬼気迫るオーラを発していて、危険を感じた私が、ひっ、と身構える程でした。

「駄目なんだよ、チロル。今の僕には、エキサイトする元気もなければ、エクスタシーが湧いてくる程のイマジネーションもないんだ」

 悲痛に見開かれた三白眼は、勢いのいい魚のようで、人間本来の力強さは、かけらも感じられません。彼がなにを言いたいかというと、勃たない、ということに尽きるでしょう。

 なんて哀れなサクキさん。彼はかつての自分を思い出すために、あえてなんのドリームも感じないことを悟りつつ、女の子のあれこれな画像を冷たい目で眺めては、失望感に打ちひしがれるのです。

「俺は、なにも現実でそんなことをすぐにしたかったわけじゃない。ただ、可能性だけは捨てたくなかった。それなのに、今の俺は不能同然だ。俺がなにをしたっていうんだ。なんでだ。なんでだよ」

 虚空に向かって、嘆く。部屋の中で、自己を完結させる。サクキさんの有様は、悪趣味な喜劇のようで、周りのことを怖がっているサクキさんは、自分のことをよくわかっています。なにもかも、気づいてしまうから、より今の自分が苦しいのでしょう。

 サクキさんは結局朝ご飯を食べることにしました。服薬の関係で、本当は厳密に時間を守る必要があったのです。

 サクキさんの手のひらには、八錠のカラフルな錠剤が並んでいます。心底嫌そうな顔をしていて、しかも飲まないという選択ができないことを認めています。

「これが、全ての元凶。だけど俺を縛り付けているのは、病気なんかじゃない」

 サクキさんはそういって、薬を口に放り込み、ぬるま湯で飲み干しました。辛そうに目を瞑って、自分の部屋へと戻っていきました。

 私には、彼の言葉の続きが聞こえる気がします。それはきっと「薬でもない」のです。

 サクキさんは、自分しかいない部屋で、根源的なものの幻影に苦しみながら、恨みを燃やし続けているのでしょう。

 その日、サクキさんは布団にくるまって出てこられませんでした。そのこともまた、サクキさんを傷つけています。ただ生きているだけで、負の連鎖にはまってしまっているのです。

 ですが、心配することはありません。どれだけ敵が強大だろうと、どれだけ追いつめられていたとしても。私は才能の精。一蓮托生の私が、あなたと最後まで走り続けます。

 戦いは、始まったばかりですから。(了)

http://shizumaru.info/wp-content/uploads/2019/06/shizumaru03.pdf

(参考サイト:第三回静岡文学マルシェ パンフレットPDF版 pdfの24ページくらいに当作品も紹介されています。 )

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