被害妄想?障害者あるある失敗話その3 自意識過剰で失敗する

疑心暗鬼する男の写真 障害者あるある失敗話
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 自意識過剰、という性分があります。特に自分のことを言われているわけではないのに、自分のことだと思ってしまうような、自己を過剰に意識してしまう状態のことを指しますが、私のような統合失調症など、精神の疾患を持つ方によく見られる傾向です。

 一時、いろんな方に被害妄想(?)系の相談をされていたときがあって、傍から聞いていれば明らかに考えすぎというものが多く、こういうのは自分だけではないのだなと再確認できました。よって、自意識過剰による失敗はなかなか再現性が高いのではないかと思います。

 私などはツイッターを見ているとたまに、主語を曖昧にした悪口を見かけることがあって、まあ誰だかわからないのだからスルーすればいいのですが、悪いことに結構な確率で、そのツイートで責められているのは自分だと錯覚しがちなのです。自意識過剰とは無縁の方には、さぞかし驚かれるかもしれませんが、事実なのです。

 特にツイッターでなにか自分がアクションを起こした直後だとそうなりがちで、ここで槍玉に上げられているのは自分のことではないと思いたくても、ツイートを目にするたびに自分が最近したことや、現在進行系で自分に向けられている悪意が連想され、不安になったり苛々したりしてしまうのです。で、ある時、我慢できなくなって、誰に向けたかもわからないツイートに、わざわざ言い返してしまったのですね。

 すると相手は全然そんなつもりはなくてびっくりしていて、結局全く別のことに対してツイートしていたことがわかりました。私も大変動転し、やはり間違っていましたか、ごめんなさい! と謝り合いする始末となりました。

 逆のケースもあって、ツイッターで私がなにかしらその人と話をした後とかに、滅茶苦茶怒っていたり、嘆いていたり悲しんでいたりすると、結構不安になります。このときも主語が曖昧なのですが、試しに聞いてみるとやっぱり自分のことなどなに一つ言ってはいないのです。

 理由

 なぜこういうことを考えてしまうのか。共通する要素として、自分の起こしたアクションと連動している、というのが挙げられます。最近ちょっと無謀なことを言ってしまったり、継続してあまり上手くいっていない活動を続けていたり、その人とリアルでなにか心残りのあったコミュニケーションを取っていたりすると、火種になりがちです。なにもしていなければ連想しようがない(多分)ので、自分の行動の強度にしたがって連想される可能性もあがるわけです。

 つまり、自分に対してツッコミどころがあるのを自覚しているので、自意識過剰な被害妄想、もしくは加害妄想が起こるわけですね。自意識過剰とは無縁な方には信じられない世界かもしれませんが、これは気の持ちようとひと言で片づけるには難しいくらいに根の深い性分、もしくは症状なのです。

 なんというはた迷惑な、と思われるかもしれないのですが、大抵は気のせいだと思って胸のうちにしまっておくのです。ただ私は数回ほど外に出してしまっているので、よくないなと、なにかしでかすたびに思います。

 対策についてはいろいろ考えましたが、私はツイッターから極力離れることにしました。SNSを上手く使って、生き生きと人生を歩んでいる方に憧れる気持ちは大いにあるのですが、私のように人の影響を受けやすい、制御し難く、あまりありがたみのない感受性を持った人間は、耐性ができるまではツイッターのような人との距離の近いSNSは控えた方がいいのではないかと思います。

 今の時代、使えるツールも参加できる場もいろいろあります。きっと私や、自覚のあるタイプの読者のみなさまにも、居心地のよい場所があると思います。以前の私のように変な喧嘩をしかけてしまうよりは、安心していられる場所を選んでいきたいものですね。

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