片手間は地味に悪い

片手間のイメージ 自己啓発
片手間のイメージ

私は自分の実力が足りないといつも嘆いていますが、実際のところ目の前のことに取り組むだけなら、実力など足りなくてもよかったりします。というのも、かけた時間の数だけ質が熟成することが少なくないからです。

割と片手間っていう言葉は聞くように思うのですが、滅茶苦茶悪いニュアンスで使われることは少ないと思います。ですが、もしかしたら最悪かもしれません。

たとえば私が身の丈に合わぬ壮大なスケールの小説を書こうと思ったとして、片手間で書き続けたことを想像するに、どうにもまともなものはできそうな気がしないのです。せめてある一定期間の集中は必要ではないかと思うし、思い入れ自体が弱くなってしまう気がします。

仕事においても、ある事業を始めて成功を追い求めるとして、そこにいる人たちがみんな片手間で参加していたら、成功どころか、集まる時間だけ浪費するということになりかねません。

別に実力などなくても、各々が持っている熱量で押し上げていけばいいのです。しかし片手間という環境にそれは望めません。しかし……どうにも私たちは片手間で大事を成そうと望んでしまうことがないでしょうか。

私も仕事が終わった後、クタクタでなかなか多くのことはできませんが、打ち込んでいることは、少しの時間でも最低限毎日取り組む気概でいきたいと思います。その辺の基準は自分で決めるしかないですが、頑張ってるよ、って自信もって言えたらいいですよね。

タイトルとURLをコピーしました