終わりを蛙に押しつけて

 空の彼方から降り注ぐ隕石が生命を死滅させる。そういうことが、この星ではあったらしい。
 最初に聞いた時は怖くて夜が長くなった。少し慣れると、何度も頭の中でイメージしては暇を潰した。
 小学三年生の初夏。僕は孤独で、つまらなかった。クラスメイトとのやり取りは正直嫌だったし、楽しみのゲームソフトは親に取り上げられてしまっていた。
 ゲームがなくても勉強なんてしなかった。授業も真面目には受けておらず、しばしば先生から槍玉に挙げられたが、何故か成績は中くらいを維持できていたのが不思議だった。
「おらおらー! しっかりよけろよカス男」
 鳥頭。小狡い笑みが顔についた相良が、ホースを僕に向けて放水した。あっという間に服は水浸しになり、それを見た相良は楽しくて仕方がないといった風に指をこちらに差して笑っている。
「サッちゃん、オレにもやらせて!」
「オレもオレも!」
 他の男子も無邪気で、残酷に笑い、僕にホースを向けて水浸しにする遊びに加わった。
 服だけでなく、鞄も水浸しだった。僕はたまらず逃げ出した。放課後にこの人たちと関わらねばならないのは、友達だからである。
「もう終わっちまったよ」
 相良がつまらなさそうに呟き、誰かがせせら笑っていた。水で重くなった服に不快を覚えたながら、僕は下校した。
 家まで毎日歩いて帰るのは面倒だと感じていた。脚が疲れるし、結構遠いので、自転車で通学できたらどんなに楽だろうかと思った。
 どうしてこうも疲れることが多いのだろう。通うのも過ごすのも、帰った後だってしんどいことばかりだ。今日も家に帰ったら、何度も読んだ漫画本を読み直すつもりだった。
 袖を少し絞ってみると、ポチャアと水が落ちていく。帰った後の言い訳など考えたくもなかった。
 相良たちは、遊んだ後にまたサッカーでもしているのだろうか。それなのに僕だけが、気持ち悪い思いをしながら、後によくないことが起きぬよう神経を使わねばならない。
 小学校に入る前は、自分がヒーローのようになれたら良いと思っていた。むかつく奴らを殴って、蹴り飛ばして、銃で撃って爆発させてしまえたら理想だった。
 ヒーローは死んだ。彼の敵は想像より遥かに多く、強大だった。好きになった女の子とも話さなくなり、つまらなさそうな視線を向けられるだけの仲になった。
 今日は太陽がよく出ていた。服はべちょべちょになっていて、水と汗が混ざって体がかゆくなってきた。
 惨めだった。目は泣いていたが、涙は出さなかった。周りのことが、凄く気になっていた。
 農道に入る前に工事現場があった。人の姿は見えず、シャベルカーが二台放置されている。その先に盛られた土で山ができていた。
 5メートル程の高さになった山を、僕は不意に登ってみたくなってきた。少しでもつまらない気持ちを消してみたかった。
 山に近づいてみると、先客が居ることに気づいた。緑色の蛙が、山の斜面に戻されながらも、ぴょんと跳ねて登っていたのだ。
 僕はそれを見て、本で読んだ隕石による恐竜絶滅を思い浮かべた。恐竜を目の前の蛙と重ね合わせ、土を拾うと、いくつかの土球を手の平サイズで作り上げた。
「地球の終わりだ!」
 僕は土玉を蛙に向けて投げつけた。蛙は必死で逃げようと山の途中を跳ねまわる。さらに二発、三発と投げつけた。
 しかしなかなか当たらない。やめようかと思った時に投げた四発目が、ついに蛙に直撃した。
 蛙は赤い血を流して死んでいた。
 あっ、と声を漏らした。もう一度蛙をよく見たが、どうしようもなく死んでいた。
 その時、知りもしない蛙の半生が、粗末なイメージとして僕の心に入ってきた。
 卵から、おたまじゃくしになり、運よく生き残って蛙へと成長した。
 だが、これからというところで、僕に殺された。地球滅亡ごっこの犠牲になった。
 急に自分のしてしまったことが怖くなった。あの蛙が生き返りでもしたら、どんなに良いことかと思ったが、そんなことは絶対にありえない。
 血に塗れた蛙の姿が、忘れても、忘れても、後悔と共に蘇ってきた。まるで新たな生でも受けたかのように、鮮明に。
 数十年が過ぎた。僕は未だにあの日のことを忘れていない。
 あの蛙も、僕のイマジネーションの中で生死を繰り返し、存在し続けているのだ。
 下校道、農道、土の山、蛙。そこにあるのは、世界の終わり。(了)

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